歯周病の原因菌について

 口の中に細菌が数多くいることを前のページで紹介しました。ある細菌学者の報告によりますと,口の中にいる細菌の種類は500種類以上と言われています。まだ同定されていない菌がいる可能性を考えますと,実際にはこれ以上の種類の菌が生息していると思われます。ちょっとビックリな数字です。
しかし,これらすべての菌が歯周病の原因というわけではありません。10種類程度の菌(歯周病原性細菌 表1)が主に関係しているといわれています。

 「非常に曖昧な説明だな」と思われるかもしれませんが,歯周病はある種の菌がいれば必ずかかってしまうという病気でもないようなのです。何種かの菌の相互作用によって引き起こされると考えられています。このあたりが,原因菌のはっきりしている他の感染症と違って難しいところです。ただ,曖昧な中でも重要視されている菌がいくつかあります。ポルフィロモナス ジンジバーリス(P.gingivalisというグラム陰性の嫌気性菌(酸素を嫌う細菌)などがそれにあたります。歯周病が少し進行した患者さんの歯周ポケット(歯と歯ぐきの境目)から高頻度で検出される菌であり,菌自体に毒性があることも確認されています。

Prophyromonas gingivalis
Aggregatibacter actinomycetemcomitans
Bacteroides forsythus
Prevotella intermedia
Eikenella corrodens
Fusobacterium nucleatum
Campylobactor rectus
Peptostreptococcus
Selenomonas sp.
Eubacterium sp.
Spirochetes
表2 歯周病原性細菌(歯周病菌)
歯周病菌の特徴

 このように歯周病を引き起こす菌は複数存在する事がわかってきたわけですが,これら歯周病菌にはいくつかの共通した特徴が見られます。まず,歯周病菌はいろいろな酵素やLPS(リポポリサッカライド)といった物質を放出しています。これらの物質は細菌にとっては単なる「排泄物」みたいなものなのですが,人間にとっては異物にあたり,歯ぐきなどの組織が障害を受けたり,免疫細胞が活動を始めたりします。これが歯周病のスタートであると考えられています。また,このような人間に障害を与える物質を産生するような菌は,ヒトの免疫機構によって排除されるのが通常です。しかし,歯周病菌は簡単に唾液などで流されないための付着機能を持っていたり,免疫細胞からの攻撃を逃れるための鎧のようなもの(莢膜)で武装していたり,さらには歯ぐきの中に進入する能力を備えていたり,免疫機構をかいくぐる何らかの術をもっているようです。
 さらに歯周病菌を含めて口の中に棲んでいる細菌は,それぞれ単独で口の中に生息するのではなく,どうやら集団生活をしているようだということが最近わかってきました。「細菌バイオフィルム」と呼ばれています。細菌も人の口の中で生き延びるために,細菌と歯の表面,あるいは細菌同士がグリコカリックス(菌体外多糖類)という物質によってくっつきあっているらしいのです。いわばグリコカリックスというテントの中で集団生活を営むことで,細菌は共同でヒトの免疫機構や薬剤の効能から逃れているのです。

カンジダ菌について

 もう今から10年ほど前になりますが,朝日新聞朝刊や歯科商業雑誌に「歯周病の原因はカビだった」という記事が掲載され話題になったことがありました。ここでいう「カビ」とはカンジダ菌という真菌を指していました。しかし,カンジダ菌は「表1」の歯周病原性細菌には名前を連ねていません。朝日新聞社の記者はある歯科医グループによって提唱された説をEBM(学術的な証拠がはっきりしているかどうか)も確認しないまま掲載したようです。
 全国紙の朝刊に掲載されたわけですから,当時一般の人だけでなく歯科医の間にも大きな反響を呼びました。確かにカンジダ菌は口の中に棲んでいる菌の1種類ですが,カンジダ菌自体に歯周病を引き起こすような毒性は確認されていませんし,カンジダ菌を歯周病原因菌とする科学的根拠に基づいた論文は(歯科商業誌の記事は論文ではありません),過去にも現在にも一篇もありません。日本歯周病学会でも歯周病治療に抗真菌薬を用いることに否定的見解を出し,10年が経過する現在でもホームページ上にその件に関する記事を掲載しています(それだけ反響が大きかったということです)。
朝日新聞社が謝罪広告を出すことでこの件に関しては一応終わりましたが,今でも一部の歯科医院ではこの説に基づいて歯周病治療を行われてるところもあるようです。


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