虫歯菌に対抗する(フッ素について)

病気予防を考えるとき,どんなことに気をつけるでしょうか。例えば風邪を引かないようにするとき,皆様がしておられること・・・外から帰ったら手を洗ってうがいをして・・・これは風邪の原因となるウィルスを出来るだけ少なくするというためにしていることですね。あとはしっかり食べて,睡眠をよく取って・・・これらは体の抵抗力を高めようとしているわけです。つまり原因を排除するほかに,病気にかかる側である体の状態を強くしようとしているわけです。虫歯予防に関しても同じことが言えると思います。ここまででお話ししてきた歯磨きや,虫歯菌の栄養源である砂糖をコントロールすることで菌の増殖や活動を抑えようとする予防法は,風邪予防で言う「うがい・手洗い」にあたるわけです。 そしてもう一つの「体を丈夫にする」これは「歯を丈夫にする」ということになります。
歯を丈夫にする

歯の構造を簡単に見てみましょう。図のように歯は表面一層をエナメル質という固い組織で覆われています。このエナメル質は「ハイドロキシアパタイト[Ca10(PO4)6(OH)2]」という物質を主成分として構成されています。このアパタイトの結晶性が高まるほど「耐酸性があがる=虫歯に対して強い歯」になるようです。生えて間もない歯はアパタイトの結晶性が高くないため,酸への抵抗性も低く虫歯になりやすいと考えられています。自然の状態でも歯は唾液などに含まれるミネラルによって徐々に結晶性が高まるようですが,それを積極的に高めてやろうとする方法の一つが「フッ化物(フッ素)」の応用です。歯医者さんやテレビのコマーシャルで「虫歯予防のためにフッ素を使いましょう」というフレーズは多くの方がお聞きになったことがあるのではないでしょうか。ただ,正確にはフッ素単独ではなくフッ化物(フッ化ナトリウムやフッ化第一スズなど)を用います。

では,なぜフッ素を使うと歯が強くなるのでしょうか?最も大きな理由と思われるのはハイドロキシアパタイトの構造の一部にフッ素が取り込まれる(-OH基がフッ素で置換される)ことにより,ハイドロキシアパタイトはフルオロアパタイト[Ca10(PO4)6F2]に変化します。フルオロアパタイトはハイドロキシアパタイトよりも安定度が高く結晶化しやすいため,エナメル質表面に取り込まれた場合,歯質が強くなっていくと考えられています。また,脱灰しかけている(溶けかけている)エナメル質にフッ化物が作用すると,唾液中のカルシウムイオン(Ca2+)やリン酸イオン(PO4)2-)とともにエナメル質に沈着するため,再石灰化を促進するといわれています。さらにその他の作用としては虫歯菌の代謝に影響を与え(ある酵素の活性を阻害する),酸を作りにくくするとも報告されています。
具体的にフッ素はどの様に予防に取り入れられているのでしょうか。世界的に見ると様々な方法がとられていますが,ここでは日本で行われている方法を紹介します。まず,フッ素の用い方として口の中だけに使用する場合と食べ物や水などから摂取して全身的に行う予防法と大きく分けて二種類あります。日本ではほとんどが口の中だけの局所的予防法です。局所的予防法にもいくつか種類があります。フッ化物歯面塗布法,フッ化物洗口法,フッ化物配合歯磨剤などです。
フッ化物歯面塗布法 
この方法が歯医者さんで行うフッ素塗布と考えて頂いたらよいかと思います。用いているフッ化物の種類は歯医者さんによってそれぞれ異なると思います。塗布の方法もスポンジで塗り込む場合やマウスピースのようなものを噛んで使う場合,イオン導入を応用する方法などそれぞれのやり方があります。


フッ化物洗口法 
この方法はフッ化物の溶液によるうがいなのですが,小中学校や幼稚園など集団で実施する予防法に用いられています。もちろん歯科医師の指導を受け,家庭で実施することも可能です。毎日法や週一回法などがあり,それぞれで濃度が異なります。

フッ化物配合歯磨剤 
最近ではほとんどの歯磨き粉がフッ化物配合だと思います。フッ素濃度は高いほど予防効果も高いと考えられています。日本では長い間1000ppmが上限とされていましたが,2017年にようやく国際基準と同じ1500ppmまで認められるようになりました(製品では誤差を考慮して1450ppmとなっているようです)。歯磨剤使用量の目安は3〜5歳くらいまでは約0.25g,6歳以上で0.25〜0.5gと言われていますが,量を意識して歯磨きをされている方がどの程度いらっしゃるのかは疑問です。更に言えば磨く時間によっても効果は変わってきそうです。また,歯磨剤に似たものでジェルというものがあります。これにはフッ化第一スズが含まれています。研磨剤が入っていないので歯磨きをしたあとに歯ブラシで歯に塗布するのが一般的な使われ方です。フッ化第一スズにはミュータンス菌の発育抑制効果があると言われています。
以上フッ素を用いて歯質を強化し,虫歯菌の出す酸に溶けにくい歯にすることで虫歯予防を行う考え方を解説しました。フッ素については健康への影響を危惧する報告もありますが,上記レベルの濃度でしかも局所塗布であれば全く問題はないと考えられます。次回はキシリトールについてお話しする予定です。